2025.12.20 第30回ジオ塾「龍神の地質を知って」11.22翔龍祭を再報告
2025 1120 第40回村民文化祭(翔龍祭)研究発表のジャンルにて、「龍神村の地質はどのようにできたのか」というテーマで2回発表いたしました。約50名の参加がありました。
ストーリーとして
・現在の世界のプレート運動の状況(Ring of Fire 環太平洋火山帯・造山帯)
・付加体のでき方 
・現在の証拠物件(赤つぼ・白つぼ、枕状溶岩、etc)
2025.12.20 21:14 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 活動履歴
2025.12.13- 第56回公式巡検・見学会「高山寺近辺」
2025 1213 第56回 公式見学会・巡検 田辺市高山寺近辺でした。田辺市自然専門委員会で企画中のツァーの一環として試行しました。高山寺から市内紺屋町・田辺城址跡 食べ歩きも含めて十分楽しめました。お疲れ様でした。9:00集合 12:00解散






鳥山啓(とり やまひらく)
天保八年三月二十五日田辺市本町八十三番地大庄屋 田所周の次男として生れる。
十九才田辺藩鳥山家を継ぎ教育に転じ田辺小学校・和歌山師範・和歌山中学校
明治二十年華族女学院に招かれ上京在任中、世界三大行進曲として有名な軍艦マーチ、田辺高等女学校、校歌の作詞者
大正三年二月二十谷享年七十八才
平成十三年三月吉日 鳥山啓翁

ぼらがたくさん産卵活動をしています。

田辺城水門
田辺市指定史跡 (昭和51年3月13日指定)
田辺城は関ヶ原の合戦後、 紀伊国に入国した浅野幸長(あさの よしなが)の執政・浅野左衛門佐氏重(あさのさ えもんのすけうじしげ)によって、 慶長11年(1606) 会津川左岸河口に築城されました。
その後、元和5年(1619) 紀州藩主徳川頼宣(とくがわよりのぶ)の附家老・安藤帯刀直次
(あんどうたてわきなおつぐ)が田辺領主となりましたが、 安藤直次は紀州藩の重臣として和歌山城下に常駐していたため、田辺城には直次の従弟・安藤小兵衛(あんどう こへえ)を留守居役として置き、 小兵衛家が代々城代家老を務めてました。
明治3年(1870) 田辺城は廃城となり、 遺構の多くは姿を消しましたが、埋門型の水門とそれに続く石垣が当時の面影を留めています。
左下側に水門が見えます。

江川のちゃんぽんを食す。江川のちゃんぽんとは、そばとうどんを一緒に焼き上げたご当地グルメらしい。千芳というお店だったか?

歩程の概略

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