2025.10.25 第55回公式巡検・見学会「紀ノ川竹房橋・粉河寺散策」
2025 1025 第55回の公式巡検・見学会でした。紀ノ川竹房橋川原と粉河寺散策でした。(渡瀬副会長主催)
人気岩石は紫っぽい紅簾石片岩でしたね。三波川帯は以前、和歌山城近辺を訪問しました。
俗にいう 青石見学を堪能しました。以下で参照可。
http://tajiken.org/cafe/html/mon/201808-1.html
朝8時田辺市は小雨でしたが、現地では雨が止み曇り空。幸運にも雨はなしでした。見学会後はめっけもん広場で買い物、最終的には15:30田辺着でした。
お疲れ様でした。
資料概要
「紀ノ川と粉河寺庭園で結晶片岩を観察」
田辺ジオパーク研究会 202510.25
1. 紀ノ川 (紀の川市・竹房橋の下)
紀ノ川は、長さ136km・流域面積1660km、 奈良県東部の大台ヶ原付近に源流部があり、奈良県内では吉野川として北に向かって流れ、
中央構造線に当たると西に向きを変えて、 和歌山市で紀伊水道に入ります。
流域一帯には火成岩、堆積岩、変成岩と多様な岩石が分布しており、紀の川市付近の河原では多種多様な石ころを拾うことができます。
最も多いのは、下流に向かって左岸に分布する 「三波川帯」の結晶片岩で、結晶片岩だけでも下記のように多くの種類が集められます
(一般的な名称で示す)。また、白い曹長石の結晶が含まれる、いわゆる「点紋帯」の片岩類も多く見られます。
・黒色片岩 (石墨片岩)
・白雲母片岩
・石英片岩
・紅簾石片岩(こうれんせきへんがん)
・緑色片岩 (緑泥石片岩 緑簾石片岩)
など
他の岩石としては、チャート・礫岩・砂岩・泥岩・凝灰岩などの堆積岩、花崗岩などの火成岩もあります。
2. 粉河寺庭園
粉河寺は奈良時代創建の天台宗寺院。 西国三十三所観音霊場第三番の札所、国宝「粉河寺縁起絵巻」 で有名ですが、県内の日本庭園では和歌浦の養水園と並ぶ大名園の粉河寺庭園は、本堂前に高低差3mと他に類がない枯山水が見事です。
その見どころは枯滝石組で滝の上に石橋を渡す「玉澗流」の手法と言われます。中国・宋の著名な画家・玉澗の山水画がモチーフで、後に大きな築山を造り、その間から滝を落とし、滝の上に石橋を架けるのが特徴です。
作庭は、安土桃山時代の戦国武将で、江戸時代には浅野家家老となった上田宗箇(そうこ)と伝えられます。和歌山城二ノ丸庭園の他、徳島城・広島城・名古屋城などの庭園も宗箇作と伝えられています。また、茶人としても千利休・古田織部に師事し、「宗箇流」を開いています。ジオの観点からは結晶片岩を多用する庭園は三波川帯特有のものであり、一部に龍門山からと思われる蛇紋岩が用いられているのも興味深いところです。
(文責W氏)


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人気岩石は紫っぽい紅簾石片岩でしたね。三波川帯は以前、和歌山城近辺を訪問しました。
俗にいう 青石見学を堪能しました。以下で参照可。
http://tajiken.org/cafe/html/mon/201808-1.html
朝8時田辺市は小雨でしたが、現地では雨が止み曇り空。幸運にも雨はなしでした。見学会後はめっけもん広場で買い物、最終的には15:30田辺着でした。
お疲れ様でした。
資料概要
「紀ノ川と粉河寺庭園で結晶片岩を観察」
田辺ジオパーク研究会 202510.25
1. 紀ノ川 (紀の川市・竹房橋の下)
紀ノ川は、長さ136km・流域面積1660km、 奈良県東部の大台ヶ原付近に源流部があり、奈良県内では吉野川として北に向かって流れ、
中央構造線に当たると西に向きを変えて、 和歌山市で紀伊水道に入ります。
流域一帯には火成岩、堆積岩、変成岩と多様な岩石が分布しており、紀の川市付近の河原では多種多様な石ころを拾うことができます。
最も多いのは、下流に向かって左岸に分布する 「三波川帯」の結晶片岩で、結晶片岩だけでも下記のように多くの種類が集められます
(一般的な名称で示す)。また、白い曹長石の結晶が含まれる、いわゆる「点紋帯」の片岩類も多く見られます。
・黒色片岩 (石墨片岩)
・白雲母片岩
・石英片岩
・紅簾石片岩(こうれんせきへんがん)
・緑色片岩 (緑泥石片岩 緑簾石片岩)
など
他の岩石としては、チャート・礫岩・砂岩・泥岩・凝灰岩などの堆積岩、花崗岩などの火成岩もあります。
2. 粉河寺庭園
粉河寺は奈良時代創建の天台宗寺院。 西国三十三所観音霊場第三番の札所、国宝「粉河寺縁起絵巻」 で有名ですが、県内の日本庭園では和歌浦の養水園と並ぶ大名園の粉河寺庭園は、本堂前に高低差3mと他に類がない枯山水が見事です。
その見どころは枯滝石組で滝の上に石橋を渡す「玉澗流」の手法と言われます。中国・宋の著名な画家・玉澗の山水画がモチーフで、後に大きな築山を造り、その間から滝を落とし、滝の上に石橋を架けるのが特徴です。
作庭は、安土桃山時代の戦国武将で、江戸時代には浅野家家老となった上田宗箇(そうこ)と伝えられます。和歌山城二ノ丸庭園の他、徳島城・広島城・名古屋城などの庭園も宗箇作と伝えられています。また、茶人としても千利休・古田織部に師事し、「宗箇流」を開いています。ジオの観点からは結晶片岩を多用する庭園は三波川帯特有のものであり、一部に龍門山からと思われる蛇紋岩が用いられているのも興味深いところです。
(文責W氏)


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