2025.09.28-大塔地球元気村イベント参加
2025 0928 大塔地球元気村のイベントに参加して。
元気村の名に違(たが)わず大塔は元気だった。
子どもや若者が多いとこんなに活気があるんやなあと、樫山さんと感動することしきり。
タジケンサイトは準備段階から和気あいあい。
壁に、皆で修理したパネルを貼り、見やすい所にお菓子、解答用紙を置き、生痕化石を並べ顕微鏡やライトを設営し(弓場さん主導)、三栖さんお手製の木の素敵な書見台に説明をのせて準備完了。顕微鏡を覗いたり化石に見入ったりと老若男女を問わず来客多数。
面白クイズは三栖さんが主担当、樫山さんは小さい子どもさんが通りかかると「よお、可愛らしよう!!!」の第一声で呼び込み成功!
大入り満員のタジケンブースでした。(やや、誇張 笑)
大塔中学校の生徒さんや、先生たちも案内やらお手伝いやらで大活躍。「何か子どもたちでお手伝い出来ることありませんか?」と先生。もう準備終了したので「老人相手のおしゃべりお願い出来ますか?」は却下。
河川敷の舞台は夜中までかかって、準備されたとか。座席はよく見かける黄色のコンテナ。
それにしても開催場所のネーミングがステキ。曰く「水辺の楽校」。
今年のテーマはSDGS。ごみは各自お持ち帰り。(これはとても良い試みだと思いました)
体育館でのブースは色々な出展があり工夫ありで興味深く面白かったです。
隣に林野庁が生々しい熊の爪痕のある木(印南町川又観音の森のクマシデの木で、ツキノワグマのもの)と、熊の爪(北海道のヒグマのもの)を展示されてて、目が釘付けに。(そりゃ、あれに引っかかれたら内臓まで届くわ!!!  お腹なら!)
鮎川と沖縄出身の二人の女性による手話講座も楽しいものでした。健常者が配慮したいことなども教えて頂きました。30代の男性が主催するベイブレード大会には、朝早くから大勢の親子が並び、各自持参のコマで技を競っていました。ルールは昔のベーゴマと似たようなもの。4点先取で勝ち。(eスポーツ連合和歌山県支部とのこと。)ちなみに、和歌山県内に17名のeスポーツのプロがいて、東京や、海外やらに試合に出かけているそうです。(ビックリ!!!)一時eスポーツをオリンピックにという話が出て驚いたものですが。
ティックトック(世界中の動画を見れるサイト)のコーナーにはスマホ1台と女性が一人。聞くと、大阪や、和歌山にも事務所があり所属してくれる人に動画のとり方などを無料で指導されるとか。事務所の維持や給料はティックトックから出るとのこと。
中国に本社があるティックトックが世界を牛耳っている感じ。だのに中国国内でティックトックは禁止というこの矛盾。
また、若者が数名レゴで作った戦士、船を机いっぱいに並べていました。
河川敷でもヨサコイやらコンサートやらで大にぎわい。
しかし、タジケンブースでのとても嬉しいことは、雑談の中にも学びが沢山あることです。ヒグマのエサは人間だそうです。そう言えば昔、写真家の星野道夫さんが撮影中ヒグマに襲われて亡くなられていましたよね。(1996年8月 カムチャッカ半島)
あと一つ。
皆さんご存知かもしれませんが、アカツキミミズハゼを弓場さんが発見され、学名にYUBAとついているのですよ。凄いことですね。
2025年9月29 文責AM





2025.09.28 23:30 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 活動履歴
2025.09.20-第27回ジオ塾「白浜の化石漣痕」
2025 0920 第27回ジオ塾にて「白浜の化石漣痕」のテーマで調査結果の発表がありました。
概要等を以下に添付しておきます。




漣痕とは? (ウィキペディア)
漣痕(れんこん)とは、地層の成層面に残される波状の模様であり、水の流れや波、風によって形成されます。 具体的には、堆積物の表面にできる波状の凹凸模様で、これをリップルとも呼びます。漣痕は、浅海での水の動きによって形成され、 地質学的に貴重な資料とされています。

白浜の化石漣痕(ウィキペディア)
白浜の化石漣痕は和歌山県西牟婁郡白浜町の北寄りに位置する田辺湾に面した 江津良地区の阪田鼻から田尻浜にかけた 「江津良浜」 と呼ばれる海岸線にある。 夏期には海水浴場になる江津良浜は、 汀線に沿って新生代新第三紀鮮新世の砂岩および砂質泥岩が露出しているが、 白浜の化石漣痕はこの砂質泥岩の中に含まれており、これらの化石漣痕は約1000万年前、あるいは約1500万年前に形成されたものと考えられている。 なお、化石漣痕という名称ではあるものの、波や水流によってできた痕跡を化石に例えているものであって厳密な意味での化石ではない。化石漣痕は日本国内各地に見られるが、 白浜の化石漣痕はその中でも漣痕の形状が顕著なものとして1931年(昭和6年) 2月20日に、 当地の当時の村名である瀬戸鉛山村 (せとかなやまむら)を冠した瀬戸鉛山村ノ地層面ノ漣痕の名称で国の天然記念物に指定され、 同村が1940年(昭和15年)3月に町制施行し白浜町と改称された同年8月30日に、 今日の指定名である白浜の化石漣痕へ名称変更された。

白浜の化石漣痕 (ウィキペディア)
白浜町が設置した解説版は江津良浜の西端にあるが、 天然記念物指定当時に設置された石碑および化石漣痕の露頭は江津良浜の東端にある回。 指定地域は白浜町大阪田3700番地および白浜町越口3699番地先より406の1番地先に至る浜地、 並びに朔望満潮線より100m以内の海面と決められており、 指定管理者は白浜町である。
化石漣痕のような水底にできる漣痕はその成因により3タイプあり、主に水流によって形成される 「水流漣痕」、 主に波運動など振動によって形成される 「波漣痕」、これら2つの複合型の「干渉漣痕」 がある。このうち水流漣痕は水流の速度や水底の深さによって、形成される漣痕の形状が直線状であったり曲がりのあるものなど、形状がさまざまに変化することが水路を使った実験で明らかにされており、白浜の化石漣痕は頂部と溝部の形状が直線状に見えることから、比較的流速の速い浅い海で形成されたものと考えられている。白浜の化石漣痕の波長は7-10ミリメートル、波高は1ミリメートル内外の小さいものであるが、 江津良浜東側の砂岩の中には漣痕の確認できる岩が34枚もあり、 その北東方向にある阪田鼻から小丸島付近にかけた海蝕台付近には、岩の幅が1メートルを越す化石漣痕が見られる。


全国指定天然記念物
白浜の化石漣痕 Fossil Ripple Marks
*指定地域 *
Designated National Cultural Asset
10112704-9
白浜町37003699左記地先より406の1地先に至る浜地並に朔望満潮線より100米以内の海面。
阪田崎より田尻浜の海岸には、 汀線に沿って新生代第三紀中期中新世 (約1500万年前)の砂岩と泥岩の互層が露出しています。
その中の砂岩層の上面に、この岩石の成生当時にできた痕がこのまま保存されました。 上をおおっていた泥岩層が波による侵蝕で削られたため、 漣痕を見ることができるようになりました。
Approximately fifteen million years ago during the earth's
Cenozoic era, Ripple marks were made on the surface of the
sandstone and to this day have been preserved intact.
These ripple marks an be seen because the covering layer
of rock has been erroded by the sea over time.
白浜町教育委員会
和歌山県教育委員会
指定年月 昭和6年(1931)2月

田辺市にある国指定天然記念物
神島
鳥ノ巣半島泥岩岩脈
オオウナギ生息地
亀甲石包含層
ユノミネシダ自生地
昭和10年12月24日
昭和11年9月3日
大正12年3月7日
昭和12年6月15日
平成3年1月18日
新庄町
岩礁(新庄町鳥ノ巣付近)
富田川 (鮎川付近)
中辺路町北郡
本宮町湯峯
田辺市にある県指定天然記念物
奥山甌穴
龍神宮のウバメガシ
野中一方杉
住吉神社の社叢
赤滑の漣痕
昭和33年4月1日
平成20年6月24日
昭和33年4月1日
昭和49年12月9日
昭和49年12月9日
新庄町
上秋津
中辺路町野中
鮎川 (住吉神社)
鮎川
ナンキセダカコブヤハズカミキリ生息地
平成28年5月26日
本宮町静川

和歌山県には以下の天然記念物があります
・橋杭岩 (1924年指定) 東牟婁郡串本町
-
●高池の虫喰岩 (1935年指定)-東牟婁郡古座川町
・古座川の一枚岩 (1941年指定) 東牟婁郡古座川町
・白浜の化石漣痕 (1931年指定) 西牟婁郡白浜町
・白浜の泥岩岩脈 (1931年指定) 西牟婁郡白浜町
-
・鳥巣半島の泥岩岩脈 (1936年指定) 田辺市
・神島 (1935年指定) 田辺市
・栗栖川亀甲石包含層 (1937年指定) 田辺市

2025.09.20 23:25 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 活動履歴

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