第11回 天神崎・元島巡検@2016.06.04
2016.06.04
日時・時間・天気・参加人数
6月4日(土曜日) 曇り後小雨 11名参加
<<<巡検行程>>>
<10:00>・天神崎丸山元灯台近く駐車場
・海岸遊歩道ウォーク 波食溝&ポットホール発見
<10:40>・元島磯にて吉松先生レクチャー
・岩石海岸の微地形について
・波食棚に形成されている海食洞(ノッチ)
・岩石・鉱物・化石について
・天神崎周辺の地質=田辺層群朝来層(別紙添付あり
田辺層群の模式柱状図と朝来累層の模式層序断面)
・万呂層と飛曽川層確認
・元島をグルッと一周(植生、ヤブニッケイ等・磯の生き物)
<12:20>・昼食 記念写真
<13:30>・天神崎 清掃活動
<14:00>・駐車場にて解散
<巡検内容・説明>
曇り空の中、ナショナルトラスト運動で有名な天神崎(てんじんざき)と元島の巡検を行った。吉松先生の丁寧なレクチャーに十分な理解ができたものと想像す。天神崎は平たんな岩礁(海食台)が広がり、干潮時には広大な広場(21ha)のようになり、田辺市民の恰好のレクリエーションの場となっている。海岸自然林の動植物と海の動植物が広大な海食台を挟んで同居しており、森・磯・海が一体となる生態系を作り出している。地質的には天神崎と元島は田辺層群の飛曽川層と万呂層が連続しており、元島には両者の地層の境界面が露頭として見ることができる。昨年、吉野熊野国立公園の一部になったこともあり、益々素晴らしい自然の持続性を大切にしてほしい場所である。最後に清掃活動を行い、気持ちよく解散となった。
参考:'ちらし' です






6月4日(土曜日) 曇り後小雨 11名参加
<<<巡検行程>>>
<10:00>・天神崎丸山元灯台近く駐車場
・海岸遊歩道ウォーク 波食溝&ポットホール発見
<10:40>・元島磯にて吉松先生レクチャー
・岩石海岸の微地形について
・波食棚に形成されている海食洞(ノッチ)
・岩石・鉱物・化石について
・天神崎周辺の地質=田辺層群朝来層(別紙添付あり
田辺層群の模式柱状図と朝来累層の模式層序断面)
・万呂層と飛曽川層確認
・元島をグルッと一周(植生、ヤブニッケイ等・磯の生き物)
<12:20>・昼食 記念写真
<13:30>・天神崎 清掃活動
<14:00>・駐車場にて解散
<巡検内容・説明>
曇り空の中、ナショナルトラスト運動で有名な天神崎(てんじんざき)と元島の巡検を行った。吉松先生の丁寧なレクチャーに十分な理解ができたものと想像す。天神崎は平たんな岩礁(海食台)が広がり、干潮時には広大な広場(21ha)のようになり、田辺市民の恰好のレクリエーションの場となっている。海岸自然林の動植物と海の動植物が広大な海食台を挟んで同居しており、森・磯・海が一体となる生態系を作り出している。地質的には天神崎と元島は田辺層群の飛曽川層と万呂層が連続しており、元島には両者の地層の境界面が露頭として見ることができる。昨年、吉野熊野国立公園の一部になったこともあり、益々素晴らしい自然の持続性を大切にしてほしい場所である。最後に清掃活動を行い、気持ちよく解散となった。
参考:'ちらし' です






田辺ジオパーク研究会総会
2016.05.15
5月15日(日)晴天の中、総会が開催され和気藹々の中、無事終了いたしました。以下、記録ですが、個人名は割愛いたします。
記
平成28年5月15日(日)13:30〜15:00 田辺市民総合センター2階交流ホール
現会員数69名 3団体 内出席者23名 委任状25名
1.会長挨拶
2.議長選出 1名 議事録署名人 2名
3.議案審議
○平成27年度活動報告(別紙)
○平成27年度会計決算報告、監査報告(別紙)
○平成28年度役員改選
会 長 1名
副会長 3名
事務局
局長 1名
次長 1名
会計 1名
広報 2名
渉外 2名
監査 2名
顧問 1名
4.平成28年度活動計画
○例会 毎月第3金曜日
○ジオサイト見学会 年6回
第1回目
6月4日 吉野熊野国立公園指定80周年・拡張記念2016
(5月10日「地質の日」記念イベント兼 別紙)
集合場所・時間 天神崎駐車場10:00
見学サイト 元島〜天神崎
費 用 500円 (資料代・保険料)
講 師 和歌山県立自然博物館学術研究員吉松敏隆氏
申込締切 6月2日
準備物 各自昼食・飲料水・タオル等
第2回目以降の見学会候補地
・龍神村小森谷渓谷(会員向けジオサイト見学会)
・城ヶ森山龍神街道(11月頃 一般募集ツアー)
・大塔西大谷(乳大師)
・四村川、水力発電所付近
・田辺地域の断層見学
○記念講演会2月
○冊子作成
○その他 見学ツアー実施曜日について(例、日曜日) ツアー用バス手配等
5.平成28年度予算(別紙)
6.その他
ホームページに関する料金等
以上
記
平成28年5月15日(日)13:30〜15:00 田辺市民総合センター2階交流ホール
現会員数69名 3団体 内出席者23名 委任状25名
1.会長挨拶
2.議長選出 1名 議事録署名人 2名
3.議案審議
○平成27年度活動報告(別紙)
○平成27年度会計決算報告、監査報告(別紙)
○平成28年度役員改選
会 長 1名
副会長 3名
事務局
局長 1名
次長 1名
会計 1名
広報 2名
渉外 2名
監査 2名
顧問 1名
4.平成28年度活動計画
○例会 毎月第3金曜日
○ジオサイト見学会 年6回
第1回目
6月4日 吉野熊野国立公園指定80周年・拡張記念2016
(5月10日「地質の日」記念イベント兼 別紙)
集合場所・時間 天神崎駐車場10:00
見学サイト 元島〜天神崎
費 用 500円 (資料代・保険料)
講 師 和歌山県立自然博物館学術研究員吉松敏隆氏
申込締切 6月2日
準備物 各自昼食・飲料水・タオル等
第2回目以降の見学会候補地
・龍神村小森谷渓谷(会員向けジオサイト見学会)
・城ヶ森山龍神街道(11月頃 一般募集ツアー)
・大塔西大谷(乳大師)
・四村川、水力発電所付近
・田辺地域の断層見学
○記念講演会2月
○冊子作成
○その他 見学ツアー実施曜日について(例、日曜日) ツアー用バス手配等
5.平成28年度予算(別紙)
6.その他
ホームページに関する料金等
以上
第10回 南部町小目津公園さざれ岩~千里ヶ浜~岩代梅林~南部梅林巡検
2016.03.12
日時・時間・天気・参加人数
3月12日(土曜日) 快晴 23名参加
<<<行程>>>
<09:30>
・南部町役場集合(乗り合わせ)
<09:45>
・小目津公園到着
田辺層群基底礫岩層見学 =「さざれ石」等
<10:40>
・千里の浜到着(ウミガメ産卵場所)
田辺層群の最北域(H27年9月吉野熊野国立公園拡張登録域)
<11:05>
・高磯到着(音無川層群と田辺層群の不整合場所)
浜辺ウォークの復路、複数の会員が石炭かけら発見!
<11:45>
・昼食
<12:15>
・中屋先生レクチャー(浜の出来方は川の流れ方によって異なる等)
<13:45>
・岩代梅林到着(瓜渓累層=音無川層群羽六累層上部層)
<14:45>
・南部梅林到着(隆起が緩やかな場所)
<15:30>
・南部町役場解散
<巡検内容・説明>
小目津公園ではさざれ岩の説明と海岸におりてさざれ岩状態の浜辺を観測した。元々は目津礫岩層と呼ばれていた層であるが、最近は田辺層群と同じ層で田辺層群基底礫岩層と呼ばれている。1800万年前くらいに作られた地層である。
千里の浜をウオーク。 西北に行くと高磯というところがあるが、ここは音無川層群と田辺層群との不整合場所であり、海中の磯の形を見ても明らかである。千里の浜の形成に関しては岩石海岸であるという説明があった。通常浜というのは川の河口近くにできるが、千里の浜は 例外的である。
岩代梅林は元々瓜谷層群の山であったところを開墾した平地に作られた梅林である。この層群は昔に海溝に堆積した泥岩層であり、6000万年くらい前の地層である。
以下はW氏提供の注釈です。
田辺層群とさざれ石(みなべ町小目津)
みなべ町の小目津公園付近の海岸では「さざれ石」が観察できます。「さざれ石」とは地質学用語では「礫岩」といいます。「礫」とはいわゆる石ころのことで、石ころが堆積し固まっでできる岩石が礫岩です。
目津崎周辺の礫岩はかつて「目津礫岩層」と呼ばれ、白浜町臨海付近に分布する「塔島礫岩層」と同様、田辺層群の上に不整合に重なる、800万年前ごろに堆積した新しい地層と考えられていました。
しかし、最新の研究では「目津礫岩層」は田辺層群の最下部にあたる基底礫岩層であり、今から1500万年前ごろに堆積したと考えられるようになっています。その根拠となったのは地層のところどころに挟まる無煙炭にあります。石炭の中でも無煙炭は最も炭化が進んだものであり、800万年程度でできるものではありません。また、この無煙炭を含む地層の様子は、従来より田辺層群の基底礫岩層とされてきたみなべ町から田辺市芳養町に分布する礫岩層と共通しています。さらに塔島礫岩層に比べると固結度も高くなっています。
目津崎から続く千里浜はウミガメの産卵地として有名ですが、その北西端にある「高磯」では田辺層群と音無川層群の「不整合」が見られます。音無川層群は印南町から本宮町に連なるおよそ6000万年前ごろに堆積した地層です。田辺層群の基底礫岩層とここで接していますが、その堆積時期には約4500万年もの隔たりがあるのです。干潮時には切目方面から延びてくる音無川層群と高磯の崖をつくる田辺層群がぶつかっている様子が観察できます。
瓜谷累層と瓜渓石(みなべ町西岩代)
みなべ町の岩代大梅林付近の道路の切り割りでは黒っぽい泥岩層が観察されます。この泥岩層は音無川層群のうちの「瓜谷累層」と呼ばれる地層です。音無川層群は泥岩からなる下位の瓜谷累層(みなべ町瓜谷に因む)と砂岩泥岩互層からなる上位の羽六累層(印南町羽六に因む)に大きく二分されます。
このうち瓜谷累層の泥岩は風化により細かくなって土壌化されやすく、ウメの栽培に適していると言われます。実際、梅林が広がる地域というのは瓜谷累層の分布帯とほぼ重なってくるようです。岩代大梅林は瓜谷累層の山々を近年切り拓いてウメが植栽されていますし、南部梅林は侵食が進んで丘陵化しなだらかな山容となった土地にウメが古くから育てられてきた場所です。かつて陸から運ばれた泥が海底に堆積、固結して泥岩層となり、その後再び陸地に、そしてまた土壌となってウメを育てているのです。
この比較的軟らかい泥岩層の中にはハンマーで力一杯叩いてもなかなか割れない硬い塊が入っています。これが盆石として珍重される「瓜渓石」(田辺では「古谷石」)です。このような地層中の硬い岩塊は「ノジュール」といわれますが、瓜渓石は炭酸カルシウムを主成分とするノジュールです。
みなべ町のうめ振興館にはウメに関するさまざまな展示があり、瓜谷累層とウメ栽培地の関係が解説されています。また、立派な瓜渓石も見ることができます。

***Tlc は朝来塁層の下部の礫岩・砂岩層




日本最古の名石「さざれ石」
平安時代初期に在原業平が書いたという「伊勢物語」に、貞観5年(863)千里の浜で発見された「おもしろき石(さざれ石)」を右大臣藤原良相が浦人より譲り受け都に運んだことが記されている。
その後、この石は陽成天皇(877~84)に献上され、約500年この間「千世の神石」・「天下の名器」として歴代天皇が愛好されたという。
ところが栄光天皇(1348~51)の時代の或る夜怪しく光り人々を驚かすなどの奇怪なことがあり、広島市北部の福玉寺の僧良海に下賜されたという(さざれ石源由記)。
「さざれ石」は「万葉集」や「古今和歌集」にも見え、玉に次ぐ美石(大漢和辞典)小石・細石(広辞苑)などと称され、約700~800万年前に堆積した「目津礫層」が崩れた石で、みなべ町から白浜町にかけて見られる。
















和歌山県指定文化財
天然記念物 イスノキの純林
指定年月日 昭和33年4月2日
説明
イスノキ(マンサク科)は別名「ユスノキ」「ヒョンノキ」ともいわれ、暖地多雨地帯の植物で、伊豆半島から沖縄県までの太平洋沿岸に分布している。
この小殿神社には境内面積17アール中に約110本のイスノキが群生し、幹周り1M以上帯のものが約60本、その中で最大のものは幹周り約3Mに達している。
かかることは、全国的にも稀なことであり、学術的価値も高く評価されるものである。
平成26年3月31日
みなべ町教育委員会


以前の地質図

3月12日(土曜日) 快晴 23名参加
<<<行程>>>
<09:30>
・南部町役場集合(乗り合わせ)
<09:45>
・小目津公園到着
田辺層群基底礫岩層見学 =「さざれ石」等
<10:40>
・千里の浜到着(ウミガメ産卵場所)
田辺層群の最北域(H27年9月吉野熊野国立公園拡張登録域)
<11:05>
・高磯到着(音無川層群と田辺層群の不整合場所)
浜辺ウォークの復路、複数の会員が石炭かけら発見!
<11:45>
・昼食
<12:15>
・中屋先生レクチャー(浜の出来方は川の流れ方によって異なる等)
<13:45>
・岩代梅林到着(瓜渓累層=音無川層群羽六累層上部層)
<14:45>
・南部梅林到着(隆起が緩やかな場所)
<15:30>
・南部町役場解散
<巡検内容・説明>
小目津公園ではさざれ岩の説明と海岸におりてさざれ岩状態の浜辺を観測した。元々は目津礫岩層と呼ばれていた層であるが、最近は田辺層群と同じ層で田辺層群基底礫岩層と呼ばれている。1800万年前くらいに作られた地層である。
千里の浜をウオーク。 西北に行くと高磯というところがあるが、ここは音無川層群と田辺層群との不整合場所であり、海中の磯の形を見ても明らかである。千里の浜の形成に関しては岩石海岸であるという説明があった。通常浜というのは川の河口近くにできるが、千里の浜は 例外的である。
岩代梅林は元々瓜谷層群の山であったところを開墾した平地に作られた梅林である。この層群は昔に海溝に堆積した泥岩層であり、6000万年くらい前の地層である。
以下はW氏提供の注釈です。
田辺層群とさざれ石(みなべ町小目津)
みなべ町の小目津公園付近の海岸では「さざれ石」が観察できます。「さざれ石」とは地質学用語では「礫岩」といいます。「礫」とはいわゆる石ころのことで、石ころが堆積し固まっでできる岩石が礫岩です。
目津崎周辺の礫岩はかつて「目津礫岩層」と呼ばれ、白浜町臨海付近に分布する「塔島礫岩層」と同様、田辺層群の上に不整合に重なる、800万年前ごろに堆積した新しい地層と考えられていました。
しかし、最新の研究では「目津礫岩層」は田辺層群の最下部にあたる基底礫岩層であり、今から1500万年前ごろに堆積したと考えられるようになっています。その根拠となったのは地層のところどころに挟まる無煙炭にあります。石炭の中でも無煙炭は最も炭化が進んだものであり、800万年程度でできるものではありません。また、この無煙炭を含む地層の様子は、従来より田辺層群の基底礫岩層とされてきたみなべ町から田辺市芳養町に分布する礫岩層と共通しています。さらに塔島礫岩層に比べると固結度も高くなっています。
目津崎から続く千里浜はウミガメの産卵地として有名ですが、その北西端にある「高磯」では田辺層群と音無川層群の「不整合」が見られます。音無川層群は印南町から本宮町に連なるおよそ6000万年前ごろに堆積した地層です。田辺層群の基底礫岩層とここで接していますが、その堆積時期には約4500万年もの隔たりがあるのです。干潮時には切目方面から延びてくる音無川層群と高磯の崖をつくる田辺層群がぶつかっている様子が観察できます。
瓜谷累層と瓜渓石(みなべ町西岩代)
みなべ町の岩代大梅林付近の道路の切り割りでは黒っぽい泥岩層が観察されます。この泥岩層は音無川層群のうちの「瓜谷累層」と呼ばれる地層です。音無川層群は泥岩からなる下位の瓜谷累層(みなべ町瓜谷に因む)と砂岩泥岩互層からなる上位の羽六累層(印南町羽六に因む)に大きく二分されます。
このうち瓜谷累層の泥岩は風化により細かくなって土壌化されやすく、ウメの栽培に適していると言われます。実際、梅林が広がる地域というのは瓜谷累層の分布帯とほぼ重なってくるようです。岩代大梅林は瓜谷累層の山々を近年切り拓いてウメが植栽されていますし、南部梅林は侵食が進んで丘陵化しなだらかな山容となった土地にウメが古くから育てられてきた場所です。かつて陸から運ばれた泥が海底に堆積、固結して泥岩層となり、その後再び陸地に、そしてまた土壌となってウメを育てているのです。
この比較的軟らかい泥岩層の中にはハンマーで力一杯叩いてもなかなか割れない硬い塊が入っています。これが盆石として珍重される「瓜渓石」(田辺では「古谷石」)です。このような地層中の硬い岩塊は「ノジュール」といわれますが、瓜渓石は炭酸カルシウムを主成分とするノジュールです。
みなべ町のうめ振興館にはウメに関するさまざまな展示があり、瓜谷累層とウメ栽培地の関係が解説されています。また、立派な瓜渓石も見ることができます。

***Tlc は朝来塁層の下部の礫岩・砂岩層




日本最古の名石「さざれ石」
平安時代初期に在原業平が書いたという「伊勢物語」に、貞観5年(863)千里の浜で発見された「おもしろき石(さざれ石)」を右大臣藤原良相が浦人より譲り受け都に運んだことが記されている。
その後、この石は陽成天皇(877~84)に献上され、約500年この間「千世の神石」・「天下の名器」として歴代天皇が愛好されたという。
ところが栄光天皇(1348~51)の時代の或る夜怪しく光り人々を驚かすなどの奇怪なことがあり、広島市北部の福玉寺の僧良海に下賜されたという(さざれ石源由記)。
「さざれ石」は「万葉集」や「古今和歌集」にも見え、玉に次ぐ美石(大漢和辞典)小石・細石(広辞苑)などと称され、約700~800万年前に堆積した「目津礫層」が崩れた石で、みなべ町から白浜町にかけて見られる。
















和歌山県指定文化財
天然記念物 イスノキの純林
指定年月日 昭和33年4月2日
説明
イスノキ(マンサク科)は別名「ユスノキ」「ヒョンノキ」ともいわれ、暖地多雨地帯の植物で、伊豆半島から沖縄県までの太平洋沿岸に分布している。
この小殿神社には境内面積17アール中に約110本のイスノキが群生し、幹周り1M以上帯のものが約60本、その中で最大のものは幹周り約3Mに達している。
かかることは、全国的にも稀なことであり、学術的価値も高く評価されるものである。
平成26年3月31日
みなべ町教育委員会


以前の地質図

2016.06.04 22:58
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